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室津 賀茂神社 国指定重要文化財 GoogleMap



室津の賀茂神社
室津は奈良時代に編纂(へんさん)された「播磨国風土記」に「室原泊(むろうのとまり)として記され、古代から良港として繁栄してきました。
その室津の地に、賀茂神社が社殿を構えた起源や当初の姿は定かではありません。しかし、平安時代後期には社殿が五つ、六つ並びたっていたことが史料からわかります。
本殿と両脇の二棟を合わせた五棟の社殿は、いずれも屋根が流麗(りゅうれい)な桧皮葺(ひわだぶき)の流造(ながれづくり)で、古代様式の清楚で荘厳な佇(たたず)まいを伝えるものです。
そして、五棟の社殿と唐門(からもん)、両脇の回廊を含めた八棟が国の重要文化財に指定されています。
下図(現地でどうぞ)は、文化元(1804)年に出版された「播州名所巡覧図絵(ばんしゅうめいしょじゅんらんずえ)」に描かれた境内と周辺の様子です。五棟の社殿に加え、御祖社(みおやしゃ)、参籠所(さんろうしょ)、拝殿、絵馬堂、四脚門(しきゃくもん)(表門)に加えてソテツの群生など、今と変わらぬ社姿(しゃし)を見ることができます。
また、急な石段を登る参拝者や境内の商人、室津港に浮かぶ帆船や檝取社(かじとりしゃ)からの参拝道も描かれ、室津と賀茂神社の賑わいが活写されています。さらにかっては多宝塔、藤棚のほか、御祖社には拝殿があったことなどもわかります。
江戸時代の室津には多くの外国人が上陸しました。オランダ商館長に同行した医師シーボルトは、文政9(1826)年に室津を訪れました。左の絵(現地でどうぞ)はその時に描かれたもので、室津の賑わいや賀茂神社について記述した紀行文とあわせ、当時を知る貴重な史料となっています。
室津は、海上交通の要衝として栄え、西国大名の参勤や外国人の参府にかかわり、人・もの・情報が行き交いました。賀茂神社は、こうした奥行きのある「港湾都市室津」の要となる歴史文化遺産そのものです。
                                                                                 賀茂神社案内図



現地案内板より



四脚門 唐門 拝殿
賀茂神社のソテツ 参籠所 大宮社



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